擬似的な学生生活を演じなければならないここパンドラにおいて。
誰より『学生』という立場を堅持しているのは、このカマエルだろう。
何しろ、朝から普通に授業を受けている。
何しろ、生徒会長である。
四大天使を含めた高位の天使がことごとく行方不明である今、天使たちの行く末は
彼の双肩にのし掛かっているのである。

 

「……いや、手伝ったれよ」
リリスの言葉に、ラジエルはほや~っとした表情を浮かべて言った。

 

「うーん。私が手伝うと、なんか余計に足引っ張りそうな気がしてならなくて。
カマエルにも『お前もう頼むから会議で喋るな』とか言われたし」

 

「何を意見すれば、そういうことになるのさ……」
空見が呆れたように呟いた。

 

「――まあ、何よりも。カマエルは一生懸命体と頭を動かしていた方がいいと思う。
じっとしていると、考えちゃうから。色々なことを」
――例えば、未来。
――例えば、現実。
――例えば、過去。
何もかもが辛く、苦しく、そして時におぞましい記憶であった。
だから、そこから逃れるために。あるいは立ち向かうためにも。
今はただ、ひたすら前を見て歩いていたい。

 

「だから、私はカマエルを見守っ――――――――――ぐえ」
ヒキガエルが押し潰されたような声に、皆がラジエルの方を向く。
カマエルがいつのまにかラジエルの背後に立って、首を締め上げていた。
俗に言うところの裸絞めである。

 

「……確かに、俺は体と頭を動かしていた方が気楽だが。
手伝うなとは一言も言っとらん。むしろ手伝えバカヤロー」

 

「ひゃ……ひゃい……」
泡を吹き始めたラジエルを、カマエルはズルズルと引き摺っていった。

 

「……わたし、悪魔でよかったー」
「……わたしたち、人間でよかったー」
――後日。虚ろな瞳で授業を真面目に受け、体育も出席し、会議で眠らずきちんと意見を述べるラジエルが目撃されたという、驚きの情報が走った……。

 ……そして一週間後、ラジエルは元ののんきな天使に戻った。

 

「うむ。一週間も保ったんだから上等上等」
「とりゃ」
胸を張るラジエルの頭を、カマエルがハリセンで叩いた。